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岩手県盛岡市飯岡新田1地割27番地3. 新事業創出支援センターA-1 019-681-8896
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 震災後、数日間メディアから取り残された地域がある。
 岩手県大槌町。大津波によって、町の7割以上が浸水した地域である。赤武酒造は1896年から、その地に根を下ろした蔵だった。
 3月11日、古舘秀峰さん(代表取締役社長)は、港から車で5分ほどの場所にある蔵にいた。地震の多い地域なだけに慣れはあったものの、土蔵の壁が次々と壊れる様子を見て、「これは間違いなく津波が来る」と古舘さんは確信した。火の元を確認し、車にパソコンを積んだ後、高台にある江岸寺へと急いで車を走らせた。当初、古舘さんは寺の付近で避難してくる人達を誘導していたが、「来たぞーっ!!」という声に気付き、海に目を向けると、電柱や家を倒しながら津波が寺まで迫ってきているのが見えた。もはや避難誘導をしている場合ではない。古舘さんは近くにいた老女の手をつかみ、江岸寺のさらに上にある山へと続く階段を必死で駆け上がった。下から3段目のところに足をかけた瞬間、津波の魔の手が足元まで伸びていた。距離にしてわずか1メートル。「1分でも判断が遅かったら…」死と隣り合わせになった恐怖を抱きつつ、古舘さんは階段をさらに上へと登った。その途中、見えたのは目を覆いたくなるような無残な光景。蔵はもちろん、町の避難所になっていた江岸寺は、海のもくずと消えていた。避難していた人々とともに…。
 その後、古舘さんは市の体育館に避難し、家族の無事を確認。少し冷静さを取り戻し、外に出ると、町の方が妙に明るい。燃料会社や流された車から火がつき、町中を燃やし尽くそうとしていたのだ。それは“地獄絵図”としか言いようのない光景だった。

 翌晩になっても、町の炎は消えることなく、津波によって道路が寸断された町には消防車が来る気配もなかった。避難所でラジオを聞いていると、陸前高田や女川の情報は報道されていても、大槌町に関しては皆無。「このままでは大槌町は消えてしまう」そう思った古舘さんは、3日目の朝、母の車を借りて、盛岡へと急いだ。飛び込んだ先は機能がダウンしていた盛岡市役所ではなく、NHK盛岡。火事をはじめとする大槌町の現状を伝え、「助けてくれ!」と報道デスクに必死に訴えた。
 古舘さんの決断は功を成した。翌日、東京の記者が大槌町の様子を伝え、その後すぐに自衛隊が大槌町を訪れ、燃え盛る炎を鎮火。だが炎とともに、町の人々が作り上げてきた歴史や夢も消えてしまった。

 避難所に身を寄せながら、古舘さんは幾度となく、先の見えない不安に襲われた。一時は酒造りをあきらめ、ハローワークにも通ったが、思うような職はいっこうにみつからない。考えた末に出した結論は「自分には酒造りしかない」ということ。古舘さんは大槌町を離れ、盛岡へ移った後、清酒を造る蔵を探しながら、まずはリキュールを製造する場所を7月に確保。翌8月半ばには3種類のリキュールを出荷するという、周囲も驚くスピードで前へ前へと進んでいった。
 リキュールの製造が軌道に乗った後も、古舘さんは必死で条件に合う蔵を探していた。そして5軒目にして出会ったのが、岩手県で一番若い蔵・桜顔酒造である。古舘さんは社長の工藤明さんに会うなり、こう言った。
 「下働きでも何でもします。私達に酒造りをやらせてください」
 失うものは、もう何もない。あるのは酒造りへの愛だけ。古舘さんの酒造りに対する熱い思いを知った工藤さんは、快く蔵を共有させてくれた。善は急げと、11月頭から仕込みを始め、同月末の29日には震災後、初の搾りを終えることができた。できた酒は「浜娘 純米酒 生酒」。濃醇にして、パンチのある仕上がりは、古舘さんの思い描いた理想の味となった。だが感動に浸っている余裕はない。造ったら売る、売ったら造るの繰り返し。止まらずに進むこと。それが復興への一番の近道であることを、蔵人の誰もが肌で感じ取っていた。
 「震災によって、強く感じたことは何かありますか?」という質問をすると、古舘さんは一呼吸置いた後、再びゆっくりと話し始めた。
 「酒造りができるのは当たり前ではないということです。蔵人がいて、原料である米を造る農家があって、そして飲んでくれる人がいる。それによって酒造りは初めて成り立つ。僕はいつの間にか、それを忘れていた。酒造りが天職だということもね」
 震災によって、失ったものはあまりにも大きい。しかし得られたものもある。それは“絆”の大切さだ。血縁に限らず、自分を支えてくれる人がいる。それがどんなに大きな力を与えてくれることか。古舘さんもまた、それを体感した一人だった。
 古舘さんは「今後もしばらく間借りしながら、盛岡で酒造りを続けていく」という。「いつか大槌町に帰る」という思いを胸に抱きながら。

きき酒師、焼酎アドバイザー、エッセイスト。ラジオレポーター、女性週刊誌の記者を経て現在に至る。東日本大震災後、「Save The 東北の酒」を立ち上げ、被災地の酒蔵の現状を発信。独自の視点で日本酒はじめ、和酒のおいしさを提案する。主な著書に「隠れ酒がうまい!」、「女きき酒師とソムリエールの今宵最高の一本」など。来春、東北の酒をテーマにした日本酒本を出版予定。

飲酒は20歳になってから。妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に影響するおそれがありますので、気をつけましょう。